2011年09月28日

πとeの話


「πとeの話」

 一見、当然無限大に発散していってしまいそうな様々な無限級数が、実はある値に、それも円周率であったりネイピア数e(一般には馴染みが少ないがこちらも数学や物理で重要な定数)の絡んだきれいな値にまとまってしまうというのだから面白い。
 たかが数字の羅列では済まない、数式の持つ美しさをながめてこの世界を記述する数学の奥深さや神秘を感じてもらおうという数式の美術展のような本。
 かつて数学が嫌いだった人たちに向けて書かれてはいるが、数式の証明も易しく巻末に添えられているので、数学好きも楽しめる。ただし、整数の逆二乗級数の和についてのオイラーの証明や逆三角関数のテイラー展開のように高校生教育課程レベルではやや難しい証明も数題含まれてはいる。必要な公式も巻末に併せて書かれているしそれほど難解な式操作でもないので、挑戦してみるのも面白いかもしれない。




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2011年09月21日

精神と自然

「精神と自然」

「対象を見固めるのでなく、対象をこえてつながるパターンをこそ見つめること」
そうあとがきにある通り、差異あるもの間の比較から浮かび上がる、それらをつなぐパターンを見つけだし科学・宗教・社会・美・精神その他世界の様々を包括する規則を探る、知の巨人ベイトソンの思索を味わう本。
 引き合いに出される対象が生物の発生から進化論、科学論にサイバネティクスと多岐かつ深く、さらにベイトソンなりの語句の定義が盛り合わさり話題についていくのが大変ではあるが、博学趣味の人ならこのつながるパターンの大局がたまらないのではないだろうか。
 何か感想を言うにしても、内容の一割もつかめてはいないように感じるので、もう少し自分の思考力のレベルが上がってから、また是非挑戦したい。
今は咀嚼するときだ。
2011-09-20 17:34



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2011年09月05日

2011年8月の読書記録

2011年8月の読書メーター
読んだ本の数:2冊
読んだページ数:406ページ
ナイス数:4ナイス

■TISTA 1 (ジャンプコミックス)
読了日:08月26日 著者:遠藤 達哉
http://book.akahoshitakuya.com/b/408874490X

■偶然性と運命 (岩波新書)
 この本は著者の木田元さんも本文中で書いてる通り、哲学的考察で偶然なり運命に解決を見るものではなくて、大まかに「運命」をテーマに取り上げた四つのエッセイと捉えてさくさく進めるような読み方が良さそう。  ……だと思うんですが、この本に関しては前提として少なくともハイデガーの時間論の「sich zeitigen(おのれを時間化する)」とかいった辺りの考えを消化して何を言わんとしているかのイメージができるレベルでないと筆者の考える運命がちゃんとは理解しにくいように感じました。  人間を、「……と共にある」生まれ
読了日:08月25日 著者:木田 元
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/12984658


▼読書メーター
http://book.akahoshitakuya.com/



 やっぱり哲学系は速読できるもんじゃないですわ。頭ひねっていままでの考えをこねくり倒して何とかこういうことなのかな……とおぼろげに納得する感じ。うん、夏休みや手すきのときにこんなの読み始めると世捨て人への扉が開かれるぞ!
哲学・思想関係は通学中とか現実世界に足が多少なりともついた状態で読み進めるのがいい。この夏はそのことを学んだ。
 まあその分自分の思考力徹底的に揺さぶられるから、読み諦めなけりゃ2・3冊読むだけでもめきめき思索に耽る力が伸びるのが実感できますがね。でもしばらくは休みの期間に哲学するのはいいです。地続きでないお気楽な小説とか読んで休憩をはさまないと頭が休まらない。ティスタかわいい。
posted by 有人司書 at 18:07| Comment(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

33個めの石 傷ついた現代のための哲学

 夏休みが始まる前に大学の図書館の哲学コーナーから主にいろいろ借りてきたんですが、これもその一つ。
33個めの石 傷ついた現代のための哲学

 とりあえず本日は47pまで読み進めた。哲学書なのに文学的な本のタイトルの意味についてはp26-27に書いてありました。
 テーマは死刑制度の是非を問うもので、著者は死刑制度反対派。被害者遺族の心情からすれば死刑で法的に加害者を殺してやりたい気持ちも理解しているその上で、殺しによって事件にケジメをつけるべきではないと哲学的・理性的に考えるらしい。
殺人を犯した人も、社会的になり何らかの理由から殺人を犯させられた被害者だと考え彼を赦そう、といような主張だと現段階では読んだがどうもまだ納得できる論では無いよう感じる。
-2011-8-25 25:43

 なんとか読了。哲学系は考える分だけ確実に頭が鍛えられるけども、それだけしっかり考え込んでしまってページが進まないし頭痛持ちになりそうだ……
 〜主義だとか〜論というようなお堅いいわゆる哲学語は出てこない。
しかし、人の命や価値であったりその集合体である社会について、現代に生きる私たちが直面している様々な痛みをテーマとしたエッセイ群をもって、現代のほころびにびしびしと疑問が投げかけられている。
 赦しについて、自殺について、痛みを忘れてしまいたい社会について。戦争、差別、監視、「みんないっしょに」、歪なこの現代世界につまずく私たちそれぞれが無視していてはいけない、多くの問題を考えるための、現代の哲学入門のたための気づきを与える本。
 本全体のテーマはこないだ書いたような具体的に明示されたものじゃなかったです。次々に一見違ったテーマのエッセイが展開されてくるが趣旨としては、どこかおかしい現代の社会や科学に「ちょっと待った、それでいいの?」と疑問を問いかけるために今私たちが考えるべきことがあるんだよ、ってことなんじゃないかな。
 この本を読んだから何かがわかるという本ではない。読んだあとからが世界に問いを発する始まりの本。赦しにしても、個人的に憎いと思うことは自然なことだけどその段階で止まっていては原因である社会のシステムが相変わらず廻るだけだから、痛みに崩れ落ちるのでも痛みを忘れてしまうのでもなく、正面から受け止めてその上で自分たちが生きやすい、より良い世界を目指すための1ステップとして「赦す」ってことなのかなと読むにつれ思った。だから著者の森岡先生は死刑"無意味"派だろうね。
でもそれで実際赦せるかどうかは違う問題だし、失われた人の価値や加害者側がどう生きるのかの問題が出てくる。解決策は一人一人が悩んで見出してゆかねばならないんだろう。
-2011-9-5 16:35

posted by 有人司書 at 01:47| Comment(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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