2011年08月26日

33個めの石 傷ついた現代のための哲学

 夏休みが始まる前に大学の図書館の哲学コーナーから主にいろいろ借りてきたんですが、これもその一つ。
33個めの石 傷ついた現代のための哲学

 とりあえず本日は47pまで読み進めた。哲学書なのに文学的な本のタイトルの意味についてはp26-27に書いてありました。
 テーマは死刑制度の是非を問うもので、著者は死刑制度反対派。被害者遺族の心情からすれば死刑で法的に加害者を殺してやりたい気持ちも理解しているその上で、殺しによって事件にケジメをつけるべきではないと哲学的・理性的に考えるらしい。
殺人を犯した人も、社会的になり何らかの理由から殺人を犯させられた被害者だと考え彼を赦そう、といような主張だと現段階では読んだがどうもまだ納得できる論では無いよう感じる。
-2011-8-25 25:43

 なんとか読了。哲学系は考える分だけ確実に頭が鍛えられるけども、それだけしっかり考え込んでしまってページが進まないし頭痛持ちになりそうだ……
 〜主義だとか〜論というようなお堅いいわゆる哲学語は出てこない。
しかし、人の命や価値であったりその集合体である社会について、現代に生きる私たちが直面している様々な痛みをテーマとしたエッセイ群をもって、現代のほころびにびしびしと疑問が投げかけられている。
 赦しについて、自殺について、痛みを忘れてしまいたい社会について。戦争、差別、監視、「みんないっしょに」、歪なこの現代世界につまずく私たちそれぞれが無視していてはいけない、多くの問題を考えるための、現代の哲学入門のたための気づきを与える本。
 本全体のテーマはこないだ書いたような具体的に明示されたものじゃなかったです。次々に一見違ったテーマのエッセイが展開されてくるが趣旨としては、どこかおかしい現代の社会や科学に「ちょっと待った、それでいいの?」と疑問を問いかけるために今私たちが考えるべきことがあるんだよ、ってことなんじゃないかな。
 この本を読んだから何かがわかるという本ではない。読んだあとからが世界に問いを発する始まりの本。赦しにしても、個人的に憎いと思うことは自然なことだけどその段階で止まっていては原因である社会のシステムが相変わらず廻るだけだから、痛みに崩れ落ちるのでも痛みを忘れてしまうのでもなく、正面から受け止めてその上で自分たちが生きやすい、より良い世界を目指すための1ステップとして「赦す」ってことなのかなと読むにつれ思った。だから著者の森岡先生は死刑"無意味"派だろうね。
でもそれで実際赦せるかどうかは違う問題だし、失われた人の価値や加害者側がどう生きるのかの問題が出てくる。解決策は一人一人が悩んで見出してゆかねばならないんだろう。
-2011-9-5 16:35

posted by 有人司書 at 01:47| Comment(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月02日

偶然性と運命

 さて、今月から少し更新スタイルを変えてみようとまた新たな思いつきでお送りしております。
これまでの読了してから感想をひねり出してアップというスタイルでは、毎度間隔が空くこととなりブログとしてもなんだか寂しい感じがしていたので、毎日何か本を手に取り「今日はここまで読んだよー」という経過報告をほぼ日更新でお送りしてみようと考えました。
すると
・毎日進歩をアップできる!
・コンスタントな読書習慣が身に付く!
・最終的な一つの本の感想量が増える!
・毎日何らかの感想を考えることで味わう感性アップ!
 いいことばっかし!
 ……難点は私の飽きっぽさでどれだけ継続できるかなんですがねー。



 それは置いといて、今回はこの本、「偶然性と運命」、大学の図書館をふらついててたまたま手にとった本なんですが、運命的な出会い、「私はまさにこのために生まれたのだ!」という強烈な感激を哲学的に考えてみよう、という本。
現在2章52pまで読んでますが、まー「人間の知覚する時間」の構造をハイデガーの時間論を用いて説明してますが難しい。瞬間は即時取り出され既在と将来を含む全域に企投され人は時間化されるとか何とか。とても頭の体操になります!(笑)
-2011-08-02 23:59



うあああ何この毎度おなじみ頑張ります宣言OTL
まあ、気にしないことにしておこう。更新する気が起きただけまだましってもんですよ。

 で、読んだその都度更新とか言っちゃっててあれなんですが、読み終わりました、「偶然性と運命」。
 この本は著者の木田元さんも本文中で書いてる通り、哲学的考察で偶然なり運命に解決を見るものではなくて、大まかに「運命」をテーマに取り上げた四つのエッセイと捉えてさくさく進めるような読み方が良さそう。
 ……だと思うんですが、この本に関しては前提として少なくともハイデガーの時間論の「sich zeitigen(おのれを時間化する)」とかいった辺りの考えを消化して何を言わんとしているかのイメージができるレベルでないと筆者の考える運命がちゃんとは理解しにくいように感じました。
 人間を、「……と共にある」生まれながらの社会性動物と捉え、それが自己であったり他者と出会うことで世界へと開かれていく。個人の歴史の意味をを過去・未来にわたり書き換えるその出逢いこそ運命と言う、ってことなのかな。
 自己と他者のテーマにも触れる問題でもあるようなので時間論なりもっと勉強し直してから再び挑戦してみたいです。
 ちなみにこの本はあとがきの筆者の説明を読んでからの方が本文にすんなり入りやすいと思います。
-2011-08-25 02:02


ラベル:哲学 時間 偶然 運命
posted by 有人司書 at 23:59| Comment(0) | 読書記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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